おなかがよわいお坊さんはあわてない

おなかを壊しやすい僧職系男子、まち歩きのススメ。

下関市 : 城下町長府の町並み(4)

城下町の商人地区、その商店街の中にある小さな市場。

地元住人の営みを支える長府の中心地区では、仲哀天皇の戦勝に因んだ天下の奇祭が今なお受け継がれる。

前回の記事

長府城下町散策のつづき。

 

毛利邸から古江小路を下っていく。

ここは長門国二宮、忌宮神社

長府は戦国時代よりもっと前…古くは仲哀天皇が滞在され行宮として豊浦宮(とゆらのみや)を興し政務を摂ったとされているが、その地がここである。

毎年11月3日には境内の荒熊稲荷神社に奉納される「三日相撲」という行事が開かれ、山口県出身の力士 魁傑將晃が現役時代に荒熊稲荷で九州場所の必勝祈願を行い優勝したことから、相撲資料館が建てられた。先日紹介した長府図書館もこちらの境内にある。

 

そしてもうひとつ、この神社には"奇祭"が存在する。

数方庭祭という毎年8月7日から13日の間、長府忌宮神社の境内で行われる夏祭りで、男臭が大幟と呼ばれる長さ20~30mの竹を担ぐ「幟舞い」と、女衆が「切篭」と呼ばれる燈篭を付けた七夕飾りを持つ行列が、境内の鬼石と呼ばれる石を周る珍しい祭りで、山口県無形民俗文化財に指定される。

 

ちなみにぼくは見に行ったことはないです…。

まぁそれは置いといて(境内の写真ぜんぜん撮ってないな…)、忌宮さんを東方面へ出ると、長府の商店街 乃木さん通り。もちろん乃木将軍に因んだ名称である。

 

高校生の頃は部活終わりにここでよく友人たちと買い食いしたり、本屋さんに寄ったり、用もなくうろついたりしたものだが、すっかり寂しくなってしまった…いや、ぼくが生まれる前はともかく、高校生だった当時から栄えていた印象は無いが。

それでもここ近年の寂れっぷりは少し寂しいものがある。あの店も、この店も、どんどんなくなっていく…

 

感傷に浸っていてもあの頃はもう戻らない。続きを歩いて行こう。

そんな乃木さん通りの端っこに、市場がある。

中浜市場。昭和30年に設立された小さな木造市場。

早速入ってみよう。

 

久しぶりに入ってみて驚く。若い人向けの新しいお店が入ってる!

ここはお正月の準備で松竹梅の材料やらを買いに来る程度なので知らなかった。

 

文字だけ非常出口看板。横にピクトさんを追加。

よく見ると「非」が異字体である。

 

二手に分かれる。

 

かわE。

 

にく。

 

味わい深い。

 

さて、またまちをウロウロしようか。

こんな路地も残ってる。

 

ネコチャン!昔この辺に銭湯があった気がするなぁ。

 

再び武家屋敷のある地区へ。

 

長府毛利藩の藩校 敬業館の跡地。

ぼくの母校はこの敬業館をルーツとする。詳しくはまた後ほど。

 

和風の門扉をくぐれば洋館建ての御殿。

 

またも古江小路を通る。

 

どこを歩いても絵になる。長府という町のポテンシャルは計り知れない。

 

長府毛利邸。今回もスルーします…

 

そういえば長府ではまちを上げてキャンドルナイトのイベントを各季節ごとに開催してて、何回か演奏の依頼を頂いたことがあったんだけど、聴いてくださった方が写真撮ってくださってたのをインスタで発見しました。

自分の演奏してる写真って、誰かが撮ってくれないとなかなか見る機会がないから嬉しいよね。クラシック系のコンサートだと撮影禁止がほとんどだし。

これは毛利邸だっけ?長府庭園?

 

毛利邸の横を抜けて、秋の功山寺へ向かう。

 

 

さて、今回はここまで。

それでは。

つづき