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北九州市戸畑区 : 旧安川邸

明治初期、炭田採掘によって莫大な財を成し実業界・政界に進出した、「筑豊御三家」。

そのうちのひとり、北九州の、いや日本の産業近代化の礎を築いた炭鉱王…今や世界に進出する大企業の創始者の邸宅を訪ねた。

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筑豊御三家といえば、麻生太吉、貝島太助、安川敬一郎によって創設された地方財閥。

財閥…なんて素敵な響き(?)

まぁ御三家に関する詳しい説明は置いておいて…

北九州から世界へ進出した安川電機や、官営八幡製鉄所の前身の九州製鋼、現JR九州である九州鉄道、そのほか学校経営や港の整備など、数々の大企業を経営した安川財閥の社長邸宅、「旧安川邸」を訪れた。

 

 

現在は指定管理者として(一社)西日本工業倶楽部によって運営されており、2022年春より一般公開も行われている。何度か訪れているため、この記事では数年分をまとめて掲載したい。

 

 

表札には創始者である安川敬一郎の孫で、三代目社長の安川寛の名が掛けられていた。

 

 

まず本館から見ていこう。

 

車寄せの屋根の下には四角柱と円柱、直線の中に映える丸窓など、幾何学的な意匠にセンスの良さを感じる玄関。

 

 

応接室。暖炉に火は灯っていなくとも、木の温もりを感じる雰囲気。

シンプルなマントルビースに対し、ヘリンボーン柄に配された床がモダンな印象。

 

 

市松柄の網代天井もモダンな雰囲気づくりに一役買っている。

梁見せした丸材と角材の対比もニクイ。

 

 

そして何より心奪われたのは、この雪の結晶の模様を施した上げ下げ窓。

こんなん自宅にあったら嬉しすぎるでしょ…

 

 

細部までこだわりを感じる。ただただ美しい。

 

 

書生さんの部屋にて。

 

 

呼び鈴か何かでしょうか?

 

 

火灯窓が配されるのは茶室。

 

 

一角を落とした障子があるが、にじり口だろうか。

ん…お茶のこと詳しくない(というか習ってたのに忘れちゃった)からアレなんだけど、炉を切る場所はそこで良いのかな…?

まぁ八炉だと本勝手四畳半切になるから良いのか…?

 

 

茶室からは庭園を望める。

 

茶室の反対側には素敵なバーカウンター。

茶論 Salon du JAPON MAEDAという日本茶専門店のカフェが入る。

これもモダンな茶室としてのひとつの在り方かな。

 

ちなみにこのカフェ、同じく北九州市内(小倉北区)に店舗がありまして、以前妻が日本茶講座を受けいたのもあって何度か行ったことがあるのですが、狭い路地の先にあって雰囲気も良いし、もちろんお茶も美味しいのですんごくおすすめでございます(別に回し者ではない)。

こんな感じ。

あれ、ドリンクやフードの写真が見当たらない…まぁいっか。

 

 

ちなみにこのカウンターの奥にある窓は、このカフェために作られたものではなく当時からの意匠。竹の複雑な格子と、外の景色の色合いによってステンドグラスのようにも見える。

 

 

照明と差し込む陽光がコントラストを生む。

 

 

大座敷に掲げられた「世界平和」の額は、大正2年に北九州を訪れ安川邸に宿泊した孫文が揮毫し贈られたもの。安川氏は孫文を金銭的に支援したとされる。

 

 

この大座敷は昨年秋に開催された、藤井聡太竜王と挑戦者伊藤匠七段による「第36期竜王戦七番勝負第3局北九州対局」の会場でもある。

 

 


何度目かの訪問の際は、ちょうどその対局に関する特別企画展が開かれていた。

この対局で藤井聡太竜王が史上初の八冠となりましたね。

ちなみに前述の茶論 Salon du JAPON MAEDAからも「勝負めし」としてドリンクが提供されてました。

 

 

現在公開されているエリアはここまで。残念ながら2階は非公開となっている。

外に出てみよう。

 

 

広大な敷地には野趣に富む庭園が広がっている。

大座敷が小庵のように思えてしまうほど。

 

 

本館裏手には二棟の蔵。

一見同じ作りのように見えるが、右手の北蔵は外壁石張りの煉瓦造り、左手の南蔵は鉄筋コンクリート造だ。

 

 

現在は安川家の歴史を伝えるギャラリーになっている。

 

 

庭園には四阿や滝などもあるが、敷地内の建物はこれだけではない。

大座敷の正面に佇む洋風建築…。

 

 

昭和2年竣工の洋館棟。

耐震改修が行われていないため一時は解体撤去の話も上がっていたが、歴史的・資料的価値の高さから保存されることとなった。現在は非公開だが、いずれ公開の予定もあるという。

 

 

 

 

 

正面側から見るとアール・デコ調の洋館のように見えるが、裏側や側面から見ると入母屋屋根の上にパラペットが回っているように見える。

内部に関してはこちらの資料が詳しい。

旧安川邸内「洋館棟」の建物についての見解

 

 

すぐ隣の松本邸(次回記事にします)や、かつて存在した第二次本邸(安川家住宅の建設経緯と変遷に関する考察)と比べると、華々しさに描けるようではあるが、実はこの他にも辰野金吾設計の第三次本邸を立てる計画があったという。残された図面によると松本邸と同じくハーフティンバー様式かつ内装はアール・ヌーヴォーで、規模はこちらのほうがはるかに大きかったというが(そもそも松本邸もむちゃくちゃでかいんですが)、最終的には敬一郎によって和風建築へ変更されたという。

 

 

ううーむ、実に素晴らしい邸宅であった。

 

 

さて、今回はここまで。

それでは。

つづき