
新春から縁起の良い鏝絵を眺め、幸先の良い一年の始まり。
古典的なものばかりではない、ユーモラスな漆喰が踊る壁面。
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ようやく2023年のことを記事に書き始める。
いやまぁ完全に時系列通りに記事を作ってるわけではないのですが、なかなか筆が遅いもので…💦
年が明けて間もない1月初旬、珍しく妻と1泊の旅へ、といっても例によって観光地なんかに寄るでもなく、気ままに近場(距離ガバ勢的な)をドライブしつつ温泉宿へ向かうだけなのですが。

車も快調!ガソリン入れて、いざ往かん!(なお、この車はポンコツちゃんなのでだいたい1年の1/3ぐらいは入院しています。執筆現在も入庫中…早く戻ってきて…😭)

今回の目的地は大分県。道中にまず立ち寄ったのはコチラ。


「警防團」とは、1939年に「警防団令」に基づき、空襲或いは災害から市民を守るために作られた団体で、1947年に廃止され消防団へ改組移行された。大戦中におけるいわゆる消防小屋であるため、迷彩のペイントが施される。


しかしこんな綺麗に迷彩ペイントが残ってるのも珍しいな。
正確な資料は無いが、鶴居村は1943年に中津市に合併されているので、警防團が発足して4年の間に建てられたものだと思われる。

大分…とくに宇佐市といえば石橋。というわけでコチラにも立ち寄る。
院内の名橋、鳥居橋。

その佇まいの美しさから「石橋の貴婦人」と称される。


大正5年築のリズミカルな5連のアーチは幾度にもわたる洪水や台風を耐え抜いており、地盤と水流に応じた設計の確かさを証明する。

落とす影さえ美しい。

大分は水路橋にも石造アーチ橋が多用されており、現在でも67基が残っている。
こちらの打上橋(うちあがりばし)にも並行して水路橋が架かる。
山地の多い地形で下流の田畑に水を引くための工夫である。

さて、安心院町に到着。ちょっとコンビニでトイレ休憩…しようとして早速安心院の洗礼を受けた。

安心院といえば鏝絵。大分県内で多く残される鏝絵は特に安心院にひときわ多く、左官職人らが腕を競い盛んに制作されたようだ。
っていうかこのコンビニの前何度も通ったことあるのに、今の今まで気づかなかったな…
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あと西日本有数のぶどうの産地として有名ですね。ワイナリーも多い。
ぶどうソフト食べます。寒い…

ちなみにお昼ごはんは大分が誇るファミレス、ジョイフルにて。
いや、ぼくの住む下関にもたくさんあるので目新しさはないが、年始で空いてるトコが全然なかったのだよ…

いえーい、大人のお子様セットだぜ!
ちなみにここのジョイフルは同系列のホテル「AZホテル(旧亀の井ホテル)」の中にあり(多くのAZのレストランはジョイフルである)、隣には安心院温泉センターもあるので大変便利が良い。山の中だけど。
っていうかここのAZホテルって、確かチェーン展開の記念すべき第1号店だったような…
さてそれは置いといて、かつて安心院の中心であった下市・折敷田築へ。

古い家並みが続くこの地区に、鏝絵が密集する。

さっそくひとつ発見。
明治初期から描かれるようになったという鏝絵だが、説明板によるとこちらは平成に作られたようで、今でも制作されているらしい。



こちらは明治20年生のもの。

魔除けとしての「虎」。ちょっとネコチャンみたい。

こちらの印刷会社にも「虎」の鏝絵が見られるが…

「Print」された紙を加えてる!

もひとつ印刷会社があったんですが、こちらの鏝絵は…

インクに万年筆を持ったうさぎさん。
なかなか洒落てます。

なかなか立派な旅館もあったんですが、こちらの壁面にも鏝絵が。


鯉の滝登り。なんと風流な。
この旅館はすっぽん料理を給する料亭でもあるらしく、右下にはすっぽんちゃんも描かれる。

タバコカウンターと飛び出し坊や(嬢ちゃん?)。「歓迎 長期滞在」とあるから、インフラ関係などで宿泊される方がいるのであろう。

車庫として転用されるのは商店跡だろうか。

洋品店には3枚もの鏝絵(中央、左下、左上)。
十二単衣を纏う官女…どうやらその店の業種にあったものが掲げられているようだ。


こちらはなかなか古そうである。漆喰壁じゃない部分にあるのも面白い。
大黒、恵比寿、鯛の三番叟。


オーソドックス(?)に妻部に描かれるのがこの町では逆に新鮮に感じる。
唐獅子と竹。

こちらの造り酒屋 縣屋さんには直接壁面に描かれる。
屋号と毘沙門天、弁財天、布袋。

どデカい持ち送りと電話番号のは行った磨りガラス。
さて、今回はここまで。
次回も引き続き鏝絵の残る町並みを見ていく。

それでは。
つづき
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