
趣のある町家建築と並び、密集する医院建築。
このまちの往時の経済力と都市機能を示す、貴重な町並み。
前回の記事
重厚なセセッションに、和洋折衷と趣の異なる2つの様式の医院建築を紹介した前回に続き、またも同じ並びに豪奢な医院建築。

直方谷尾美術館(本館)。こちらはかつて奥野医院という大正2年に開業した皮膚科であったそうなのだが、当初の建物は火災で消失したため、昭和16年頃にこの建物が建てられた。

コンポジット式の円柱に支えられるコーニスが印象的な玄関ポーチ。
中の展示も見たかったのだが、この後も予定があったためまたの機会に。


隣は新館。縦長窓にレリーフ等、こちらも本館と同じ意匠を採用し違和感なく調和する。

この本館、新館の裏にはかつて奥野家の住宅主屋であった和館が連なっている。
更に敷地内には数寄屋意匠の茶室 鉄牛庵が建ち、本館・和館・茶室はそれぞれ国登文に指定されている。
ちなみに美術館のオーナーであった谷尾氏は、あの明治屋産業の創業者である。感田(がんだ)の「びっくり市」は北九州周辺にお住まいなら知らない人はいないであろう。
観覧車って今もあんのかな?
谷尾美術館を紹介したので、ちょっとアーケード内の写真に戻ってこちらも併せて紹介したい。

ふるまち通りと県道467号が交わる角地にあるのは「アートスペース谷尾」。
谷尾美術館の別館で、旧十七銀行直方支店。

大正2年頃築の辰野式の銀行建築。一見煉瓦造りに見えるが、タイル張りの木造2階建てである。
玄関周りはセセッション。


基礎やバンド、窓台などには花崗岩が用いられ、控えめながらもアクセントとする。

ここに入ってるカフェのイタスパ美味しいんだよなー。

さて、元の場所に戻って。
こちらは谷尾第2美術館。今でもやってるのかどうかわかんないけど、日本ではそれほど多くはない書の美術館。
大正時代の酒屋の建物である。

ちなみにその真向かいにも医院建築。
白石内科とあるが、現役っぽいな。昭和初期ぐらいの建物だろうか。

ちなみにこのあたりには病院がめちゃくちゃ多いが、やはり産業で栄えたまちであるからでしょう。大正期あたりの病院は西洋医学を取り入れた象徴でもあるため、洋館造りが多いのも頷ける。

これも元病院かなぁ?

格調高い町家建築も他にもたくさん。
こちらは旧篠原邸。谷尾美術館の収蔵庫として利用されているが、かつては旅館だったもよう。

オフィスとして利用されているが、タイル使いや木製ドアに取り付けられた斜めの取手から察するに、美容室だったのではないだろうか。

元タバコ屋さん。コミュニティスペースかなんかになってるっぽい。

さて、ここからは通りを外れ適当に歩いてみよう。
長屋風の建物。


1階部分が商店になってるアパート、ダイスキ-。

反対側に回ってみると、市場があったでのは無いかと思わせる雰囲気だった。

やっぱ市場っぽい。


これも病院っぽい感じ。
窓枠周りの意匠は洗い出しコンクリかな。

こちらは攻めたファサードの歯科医院。

こちらは元質屋さんらしい。
面格子がかわEね。


商店街に直通する(していた?)駐車場。

まだまだあります、洋風意匠のタテモノ。



まちなかに古い看板も多い。
さて、今回はここまで。

それでは。
つづき