おなかがよわいお坊さんはあわてない

おなかを壊しやすい僧職系男子、まち歩きのススメ。

福岡県直方市 : 直方駅前の商店街とその周辺 (6)

石炭鉱業で栄えたまちの盛り場の夜も、今となっては週末以外はひっそりとしたもの。

日本の近代化を支えたまちの、貴重な歴史資料と先人に学ぶ。

前回の記事

直方駅前散策、見てほしい風景は無数にあるんだけど、いかんせん長くなっちゃいそうなのでとりあえず今回でまとめとしようか。

 

スタンドバーなのにお酒の銘柄を標榜せずに、あえてのコーラ。

 

 

ガード下から望む「夜食の店」。

 

 

ここ随分前から気になってるんだけど、まだ来たこと無いのよねー。

いつか行ってみよう(後でフラグ回収します)。

 

 

見られている…

 

 

そういえば見たかった資料館があったんだった。

閉館時間も近いし、急いで見に来ました。

直方石炭記念館

 

 

明治42年、炭鉱経営者らで組織された「筑豊石炭工業組合」の会議所として建てられ、筑豊の炭鉱が閉山によって少なくなった昭和46年7月、日本の近代化の歴史を後年に伝える資料館として生まれ変わった。この本館と敷地内の救護練習所模擬坑道(大正11年)は国指定史跡とされている。

 

 

時間もないのでサクサクと。閉館間際に訪れたにも関わらず、快く対応してくださってありがとうございます😭

 

 

内部は白を基調に、濃淡の異なるグリーンで柔らかな印象。

 

写真や絵画、模型などのほか、実際に使用されていた掘削用大型機械などが展示され、非常に見応えがある。

ぼくがいちばん目を引かれたのは、各部屋ごとに異なる天井の組み方。

 

 

これはイケメンの救護隊員。

 

 

二階へ。

 

 

個人的にはこの二階の模型による展示が非常に興味深かった。

 

 

 

炭鉱というと、開拓時代にツルハシ持ってコンコンやるイメージしか持ち合わせてなかったので、大規模に工業化されたそれは想像よりも遥かに近代的で、またこの一帯のスケールの大きさにも驚いた。

 

 

窓の外に見えるのは先述の救護練習所模擬坑道。

ドイツから輸入した実践即応の救命器具を使用した訓練が行われていたという。昭和43年の閉所まで4万5千人もの救護隊員が練習を修めたそうな。

 

 

実際に使われた蒸気機関車も展示されている。

 

 

屋外に出て改めて本館の建物を見やる。

不思議な形状の煙突が可愛らしい。

 

 

坑道の方へ。こうやって見ると炭鉱の屈強そうなイメージとは趣を異にする瀟洒な建物だ。

 

 

時間がなくて新館の方は見れなかったが、一歩踏み入れるとちょっと近未来的なステーションのような感じ。また改めて訪れよう。

 

 

 

そういえば本館前にはなぜか狛犬ちゃんがいましたが、これは日鉄二瀬炭鉱の山神社にあったものと伝えられる。暗緑色の蛇紋岩製。

 

さて、まち歩きを再開。

𝑺𝑻𝑰𝑵𝑮𝑬𝑹…

 

 

保護色ネコチャン!

 

 

そういやこちらのお寺さん、境内に近代建築っぽいタテモノがあるのよね。

納骨堂かなんかかしら?今度お参りさせてもらお。

 

 

久しぶりに須崎の方まで。

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このあたりも雰囲気良いなぁ…

 

 

BER 蟻。

 

 

さて、良い時間になったのでやってきましたよ。(実は別の日ですが)

 

 

たまんないよね、この佇まい…

 

 

タバコが吸えるのはありがたい。

 

 

注文したのは牛テールがたっぷり入ったカレーライス。

美味い…うますぎる!!

他にも跡から来た常連さんと思しき人達が注文したメニューもどれも美味しそうで、再訪を固く誓ったのであった。

 

 

夜の雰囲気もいいね。

 

さて、今回はここまで。

それでは。