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おなかを壊しやすい僧職系男子、まち歩きのススメ。

2023年4月 大阪旅行記 (1) 〜初めての長距離航路編〜

瀬戸内海を縦断し、西日本最大の都市へ。

千年以上の歴史と伝統を有する神聖な祭祀と、友との再会。

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2年前の春、大阪へ。

大きな目的は2つあって、四天王寺聖霊舞楽法要を観覧することと、この少し前に仕事の都合で東京から大阪へと越した友人に会いにに行くこと。

あとはまぁ…ノープラン。

 

というわけで夕方、新門司のフェリーターミナルへ。

離島に渡るための短い時間の船旅しか経験が無いので、初めての長距離航路である。ワクワク。

出発日は夕方まで仕事をして、その後名門大洋フェリーで明朝に大阪南港へ到着、大阪市内で3泊し、帰りは阪九フェリーで再び新門司へ、というプラン。

北九州↔関西のフェリー航路を一気に乗ってしまおうってワケ。これがまた大変だったのだが…

というのも、最終日の早朝に新門司へと戻ってきてそのまま仕事へ直行することを考えていたため、まずは車を阪九フェリーの乗り場の前のパーキングに停め、そこから徒歩で名門大洋フェリーの乗り場へと移動、これがしんどかった。

何せ出発日も仕事終わりなのである。意外と2つの発着場は歩くと時間がかかって、どでかいバックパックを背負っていたためいきなり体力的にクライマックス。

30分ほど歩いてようやく到着。

 

 

いざ、乗船!

 

 

船舶名は「フェリーきょうと」。大阪に行くんだけどな…。

たぶんここは人を入れて撮影するスポットなんでしょうね。一人旅なんで自分の写真撮れないけど。

 

 

明るく開放感のあるエントランス部。

 

 

船は8階建てで、客室は6〜8階に。

船内を歩くと、ほんの少しの揺れが伝わってくる。ここは海の上なのだということを実感する。

 

 

今夜の寝床。

お船キチの友人から、「初めての長距離フェリーは二等船室からスタートすべし」という格言(?)を頂いていたので、一番ベーシック(?)な「ツーリスト」という部屋にしてみた。

 

 

早速デッキへ出てみる。

4月といえど、この時間は肌寒い。というか普通に寒い。

風を遮るものが無いので、湿り気を帯びた風がダイレクトにぶつかってくる。

海の男になった気分…はそこそこにして、腹ごしらえしましょうかね。

 

 

船内のレストランはバイキング形式。

見てよこのバランスの取れた食事…いやいや男っていつもそう、茶色ばかりのメニューになっちゃうよね。

何気に北九州発祥の焼きカレーがあるのが嬉しいわね。金色の液体で流し込む。

 

 

なんとなく遠足の前日みたいにワクワクで落ち着かなくて、船内を散策したり売店でお酒を購入して共用スペースで飲んだり喫煙所でタバコを吸ったりして部屋に帰る。

読書しながら寝ます。

静かに低く唸るエンジン音と微かな振動が、心地よい眠りを誘う…(神経質な人はしんどいかもしれませんが、ぼくはどこでもすぐに寝れるので快適でした)。

 

 

明朝朝5時前、再びデッキへ。

寒い寒い寒い!深夜帯も来島海峡大橋やら瀬戸大橋やらの下を通過するのを見に起きてみたが、暗くて写真は撮れませんでした。

感動したのは、夜と朝の境目を見れたこと。

東へ向かって進んでいく船のその先には朝日が昇ろうとしていて、後ろを振り返れば夜がまだそこにあって…

一日の終わりと始まりが同時に存在していて、その中心にぼくがいた。なんてロマンチックなことを考えてしまうのは、やはり海がそうさせるのだろうか。(ホントは動画を載せたかったんだけど、はてなブログの仕様上載せられないのよね😅)

 

 

共用スペースをうろついてみる。

この時間に活動している人はまだほとんどいない。

 

 

再びデッキへ出て、ぼんやりと航走波を眺める。

 

 

朝が、来る。

 

 

誰もいないデッキの上で、一日の始まりを見た。

 

 

本当に誰にも会わなかったな(そりゃ寒いし風強かったからね)。

さて、朝ご飯食べましょうか。

 

 

正しい一日の始まりは、正しい朝食から。

 

 

食後のコーヒーをキメる。

 

 

部屋に戻ると、同室(というかコンパートメントで区切られています)のファミリーだろうか、子どもたちが窓から海を眺めてはしゃいでいた。

 

 

ありがとう名門大洋フェリー、ありがとう商船三井と㈱ケイハン。

 

下船したのは朝8:30過ぎ、とりあえずホテルへ荷物を預けに行って、そのあとはちょっと早いけど聖霊会の行われる四天王寺へ向かおうか。

 

 

というわけで天王寺駅で降りて四天王寺へ。

この日のためにカメラをわざわざレンタルしたのだ。望遠ズームレンズって便利だなぁ。ぼく単焦点しか持ってなかったので…

 

 

聖徳太子が建立した四天王寺飛鳥寺と並んで日本の仏教寺院としては最古のもので、かつては天台宗に属していた時期もあったが、現在は単立宗派である。

まぁ縁起などを語りだすととてもちょっとやそっとじゃ終わらないし、弊ブログの趣旨からは外れるのでここは割愛させていただく。

法要自体は午後から。それまでに各伽藍を見て回ろうか。

 

 

中門(仁王門)を抜け、内部へ。

 

 

聖霊会は、聖徳太子の祥月命日(4月22日)に執り行われる大法要なのだが、月命日をにも縁日(太子会)が開かれており、骨董市が開催されているそうだ。

 

 

伽藍は各堂宇が一直線に並び、それを回廊が囲むように配置されており、6~7世紀の大陸…中国や朝鮮半島で見られる形式のようだ。

 

 

慣れないカメラの設定に戸惑いながら、歩いていく。

 

 

西大門。

あるとき、生活に困窮していた若者がこの場所に露店を出して発明品を販売していたという。その若者が創業した会社は世界に名だたる大企業になり、この門は1962年にその社長より寄贈によって再建された。

松下幸之助っていうんですけどね。

 

 

五重塔と金堂。それぞれ堂内も拝観させていただいたのだが、撮影禁止のため写真はなし。

 

 

金堂東側の欄干にある黒い鳥居のような部分は、鷹のとまり木。

飛鳥時代、朝廷内で仏教の礼拝を巡って争った物部守屋蘇我馬子(丁未の乱)。その戦いに敗れた守屋の怨念は、キツツキの大群になって四天王寺を建てるのを阻止しようとしたが、聖徳太子が白い大きな鷹に姿を変え、キツツキの大群を追い返したと言われている。

なぜ東側だけに設置してあるかというと…実は四天王寺境内の東側の端っこには守屋を祀る祠があり、また怨霊が悪さをしないようにそちらを向いて見張ってる、ってことでしょうかね。

 

さて、今回はここまで。

次回はいよいよ聖霊会の様子をお伝えしていく。

それでは。

つづき