
小さな城下町を見下ろす、雅な茶室。
城のような造りの神社とともに、領民の暮らしを見守る。
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庭園の上にある末廣神社は、大山祇信仰の神社。
森藩はその規模ゆえ城を持つことが許されず、陣屋で藩の運営を行っていたが、1837年に敷地内にあった三島神社の改修を口実に大規模な工事を実施、境内を城構えのように作り変えたという。

確かに城塁のよう。苔むした参道が涼しげな雰囲気を醸す。(実際にはめちゃめちゃ暑いが…)

石畳の上を歩いていく。

玉濃井(たまのい)と呼ばれる緯度は、中に三間ほどの広いところがあり、そこから抜け穴が通じていると伝えられる。

当時の藩主は何を思ってして城のような仕立に作り変えたのであろうか。
城への憧れか…それとも再び戦乱の世が来ると予見していた?権力の誇示のため?
いずれにせよ、攻め込まれてもじゅうぶん守れそうな堅牢性だ。

手水と御神木。

御神木もかなりの大きさのためスケール感が伝わりづらいが、この手水は日本最大とされ、1260リットルもの水を湛えている。標準的な戸建て用のユニットバスならだいたい200リットル程度お湯張りすることを考えれば、いかに大きいか伝わるだろうか。

しかし手水は使用できず、消毒液を使うようにとのことでした…

こちらが拝殿。

そしてこちらが本殿…なのだが、覆屋がすっぽりと被されている。
このような建築を鞘堂造りというが、まさに鞘に納まっているかのよう。
かなり珍しい造りかつ結構大型のものらしく、実際ぼくも目にするのは初めてだ。
内部の本殿そのものは総欅造りで入母屋屋根を持ち、彩色はないものの彫刻や金具などの装飾も豊からしい。

側面から。

いい階段だ…


さっき上ってきたのと違う方向に降りていきます。

こちらは境内にある栖鳳楼。
天守に見立てて建てたと言われる茶屋で、県の有形文化財に指定されている。
西面は高低差のある土地で、直接二階に入ることもできるという。城下(とあえて言わせてもらおう)を一望できる立地で、細部にも趣向が凝らされ、実に雅だ。
基本的には非公開だが、とある筋に申し込むと見学させてもらえるとか…今度問い合わせてみよ。


降りていきます。

再び集落をぶらり。

大分らしく、鏝絵も多数見られる。

白漆喰と茶色の壁のコントラスト。

ホーロー看板の見える路地。

橋の端を避けてわたる一休さん。
しかしもうちょっと…知恵のある表情をしろ!😅

後ろに佇むのは荒壁仕上げのドデカ蔵。

敷地内にはこれまたドデカ鬼瓦。

どうやら隣の醸造業を営んでいた屋敷の建物らしい。
「酢屋」の屋号をもつこのお屋敷は荒木家住宅といい、主屋と敷地内の酒造、勝手蔵が国登文に指定されている。(多分お酢を作っていたわけではないと思われる)

数年前までは1階と2階の間の屋根に、うだつのように屋根がついた布袋様が鎮座していたそうな。調べてみると屋根どころか部屋付きなのだが、なんと言えばいいのか…気になる人は検索してみてください。こんな屋根神見たこと無い!って感じですごいです。

現在は営業していないようで、内部には古い道具の展示がされていた。

奥に見える海鼠壁が勝手蔵です。

他にも屋号を持つ商家がいくつか。

質感の違い。

スタート地点近くに戻ってきた。
さて、次の目的地へ。
今回はここまで。

それでは。