
企業の繁栄を伝える社交場として建てられた倶楽部建築は、会社の製品見本を兼ねた記念的建築でもある。
地域の産業の発展に尽くした一族の、その足跡を辿る。
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かつて小野田という地名は、西須恵村の小字名であったという。
文字通り"小さな田"であり、沖の干潟を干拓して小野田新開作などと呼んだことから村名よりも広く使われるようになったとか。小字と大字が逆転してる。
この地に明治14年に笠井順八によって設立された日本初の民間セメント会社 小野田セメント(後の太平洋セメント)、その迎賓館として建てられた貴重な建築が、地域のお祭りに合わせて年に1度公開されるので、見学に行ってみることにした。

やって来たのは山陽小野田市 住吉地区。
ここから歩いて件の建物へ向かいます。
小野田セメントの設立の目的は、これまでにほぼ輸入に頼るしかなかったセメントの国産化(これまでに国産セメントを製造していたのは官営深川製造所のみ)にあるのは言うまでも無いことだが、順八はそれに加え維新後の秩禄処分によって収入を失った士族を救済することも考えた。旧士族たちを従業員として雇い入れ、港や鉄道・道路などのインフラを整備、従業員たちの住宅を建て、やがて商店や学校、病院に郵便局などが出来て街が形成されると、人口は一気の増加、昭和42年には10,000人を超え町制施行することに。

その他にも日本初の民間化学企業である日本舎密製造会社を誘致し、民間金融業の開業、水道の敷設に工業高校の開設など方々に走り回って働き、昭和初期まで数代に渡ってまちの発展を牽引した笠井家。
こうして寒村に過ぎなかった小野田の地は、近代産業都市としての歩みをはじめ、また小野田セメントを日本を代表する企業へと躍進させた。

こちらは旧小野田セメント住吉社宅といい、大正14年に建設された。
現在は「龍遊館」という名前で地域の交流拠点として使われている。
もともとは重役用に造られた住宅で、見た目こそ地味だが当時としては先進的な構造を取りれる。

一般社員の社宅に比べると延床面積は40坪と比較的広く、基本的には木造を軸とするが、外壁は無筋コンクリート製である。
この時代、耐火性を意識するなら煉瓦造が主流であるが、自社製品のテストを兼ねてこの構造にしたのだろうか。また前年の関東大震災で煉瓦造の建物が甚大な被害を受けたことも影響してか、耐震性に優れるこの素材を用いたとも考えられる。

さて、目的の建物その1に到着。
山手倶楽部 別館。順八の次男である笠井真三の邸宅として建てられた。同一敷地内にあり、設計や施工も同じくすると考えられる。


こちらもコンクリブロック製。
秀才の誉れ高かった真三は二代目社長に就任する直前の数年間、ドイツに留学しセメントの技術を学び、帰国後技師長として活躍する。帰国の折に英国からコンクリートブロックの型枠を持ち帰り、それをもとに作り上げたコンクリブロックを積み上げ建築されたのがこの建物だ。

そしてこちらが本日のメインディッシュ、山手倶楽部。

一見シンプルにも見えるコンクリブロック積みの西洋館だが、その表情は実に豊かである。ブロック表面の意匠が生み出す陰影、トスカーナ式支柱によって支えされる車寄せ、規則的に並んだ縦長窓…

さっそく中に入ってみよう。
実はこの建物に入るのは初めてではない。下記記事にちょこっと書いたが、以前こちらで演奏の依頼を頂いたことがあり、その際に内部を拝見したが時間がなくて写真は撮ってないのよね…
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館内には華やかな意匠が凝らされる。
上質な調度品もさすが迎賓用の建物といった感じか。

ん…?

何このクッション、めっちゃ欲しい。
非売品のようだが、調べてみたら一時期ふるさと納税の返礼品として流通していたそうな。


この日は大食堂でジャズコンサートが催されていたのだが、知人が出演していて思わぬ再会も果たせた。

カーテン越しに丸窓が配されているのが分かる。

鴨居のガラスには植物のエッチング。

静謐な空間に響くブルーノート。
どちらかと言うとクラシックのほうがお似合いなような気がするが、これはこれで悪くない。

二階は今回は立ち入れず…以前演奏した際は二階が控室だったのに記憶にない…もったいないことしたな。

細部にまで施される装飾は企業の豊かさを示す。

華美と言うほどあからさまではなく、しかし程よく瀟洒なバランスで構成される館内。

窓から玄関方面を見やる。
やはりコンクリートをこれまで見てきた邸宅などと異なり、コンクリート主体ということでやや違った趣を見せてくれる。

今でも賓客用に使用されているとあって、定期的に手入れされているようだ。
痛みや歪みなどは殆ど見られない。

配膳台まで瀟洒。




再び外に出て外観を見ていこう。

改めて正面から。
国内初期のコンクリブロック建築として、その価値は非常に高く、国登文に指定される。

西面に回って驚く。シンプルだと思っていたファサードは複雑かつ優美。
敷地外からは見えないように生け垣を配置し、さながら秘密の庭園。
素材感の対比と左右の非対称性が多彩な表情を見せる。

東面には煙突が配される。
そういやマントルピース見てないな…

やはりこの三角破風の車寄せはどこから見てもアクセントになる。

北面には先程の丸窓。
丸窓が逆に一つしかないのが質実剛健さを醸す。

実に貴重なものを見せていただきましてありがとうございます。
内部には和風庭園、和室も配されていると言うが、いつかこちらも見せていただきたいものです。
さて、今回はここまで。

それでは。