おなかがよわいお坊さんはあわてない

おなかを壊しやすい僧職系男子、まち歩きのススメ。

下関市 : 城下町長府の町並み(6)

武家屋敷の並んだ地区から、いよいよ天守のあった関見台へ。

海峡を一望する天守台と、海に浮かぶ小さな伝説の島。

前回の記事

上級武士の邸宅が並ぶエリアから国道9号を挟み、本丸のあった宮崎町のあたりへ向かおう。

これは県立豊浦高校。我が母校である。「とようら」じゃないよ、「とよら」だよ。

 

前々回の記事でちょこっとだけ載せた長府毛利藩の藩校 敬業館を礎とし、現在に受け継がれている。学校の敷地はかつて長府毛利藩の政庁である。めちゃくちゃ広い。

ちなみに山口県の郷学(藩校の流れをくむ学校だと思っていただければ)の数は全国でも最も多く19校あるらしい。

 

学校の白壁沿いに東へ。

 

住宅街に突如現れる石垣。

 

かつての城郭の一部が現存する。その石垣の上に民家が立つ光景…なんとも不思議だ。

 

そのまま坂を登っていくと豊功(とよこと)神社がある。

忌宮神社の境内にあった豊功社をこの地に移し、歴代毛利藩主を祀る。

そういやここ、所属してた部活の先輩のお家でもあったよな…

 

境内からは長府の工業港を望む。

 

そして視線をずらすと、小さな無人島が2つ。

満珠島(まんじゅ)と干珠島(かんじゅ)。実はどっちがどっちだか公式にもはっきりとしていないらしい。

忌宮神社の飛び地境内で神聖な島であるため、許可なく上陸することはできない。祭神の神功皇后龍神から授けられた2つの珠(満つる珠、干る珠)から生まれたと言われる。

 

豊功神社から離れ、路地を抜け海へ。

 

民家の間をすり抜け…

 

御船手(おふなて)海岸。

民家の裏手すぐにあり、さながらプライベートビーチのよう(潮流が早いので泳げないよ)。静かな静かな海…聞こえるのは潮騒、タンカーのエンジン音と汽笛、カモメの鳴き声…たまにイルカが見えたり。

 

ぼくしかいない海…

このまま波に流されて溶けてしまいたい…

 

再び宮崎町の路地を歩く。

 

秋の装い。

 

緩やかに坂に沿って上方へカーブする塀。

 

ちょっと上ってまた下る。

 

三軒屋海岸。高校生の頃、部活動の時間によくここへ楽器を持ってきてロングトーンしたものだ。この日もどこかからトランペットの音が聞こえてきていた。後輩かな?

 

ここは四阿もあるため、御船手海岸に比べ人が多い。

酒を飲んでぼーっと海を眺める…最高の休日だ。

 

海岸からまた上の方へ、関見台公園。

奥に天守台が見える。

 

いいアングルで撮れないな…

 

かつてここにあったのは櫛崎城という。串崎城、雄山城(かつやまじょう)とも。

案内板によると、こういう感じだったらしい。

再現図左に見える堀は、現在も豊浦高校内に一部残っている(薬研堀、やげんぼり)。年一回の大掃除で池にぶち込まれて池の清掃するの大変だったのよ…

 

天守台の上から長府市街地方面を見やる。

 

あれは下関市立美術館。

 

あの階段みたいなのは豊浦高校のプールスタンド。

あそこに全校生徒並べて野球の応援練習させられるんだよなぁ…懐かしい。ちなみにぼくが通ってたころは男子校だったので、1年生のときは応援団の人たちがめちゃくちゃ怖かった記憶。

 

 

さて、今回はここまで。

それでは。

つづき