おなかがよわいお坊さんはあわてない

おなかを壊しやすい僧職系男子、まち歩きのススメ。

山陽小野田市

山陽小野田市 : セメント町商店街とその周辺 (3)

セメント町から南中川駅方面へ。道中に小野田セメントゆかりの近代建築を眺めつつ。

山陽小野田市 : セメント町商店街とその周辺 (2)

セメント工業が盛んだった頃、美祢市の石灰山から原料の輸送のため軽便鉄道として敷かれ、後に旅客運送も担うことになった小野田線。かつて存在した「セメント町駅」の周辺、現在の南小野田駅周辺に栄えた通りを歩く。

山陽小野田市 : セメント町商店街とその周辺 (1)

戦前、日本で初めての民間セメント会社が設立され、港や鉄道が整備されるとともに大きな発展を遂げた小野田。後に日本最大のセメントメーカーとなる企業の前身があったともなれば、工場周辺の最盛時の賑わいは相当なものだったに違いない。 時は流れ、すっか…

山陽小野田市 : 厚狭駅前の商店街 その2

交通の要衝、在郷町として栄えた厚狭。 賀茂社の荘園であったとされるこの地には、かつて鴨川と呼ばれた厚狭川が町を横切る。川に架かる橋は鴨橋といい、京に倣ったまちの名残を今も残している。

山陽小野田市 : 厚狭駅前の商店街 その1

山陽と山陰、かつてそれぞれの街道への分岐であり、現在でも山陽本線と美祢線への接続駅がある交通の要衝、厚狭。 寝太郎の伝説が今なお語り継がれるこの半宿のまちにて、往時の繁栄の名残をさがして歩いた。

山陽小野田市 : 木戸 階段巡り

竜王山の山麓に接する漁村集落である木戸・刈谷エリア。古くは廻船業で栄え、往還道が通るこのまちの家並みは狭く、急な石畳を挟んで左右に重なり合い、どこまでも続く。

山陽小野田市 : 刈谷〜木戸 階段巡り

山陽小野田市、古くからの漁村である刈谷〜木戸エリア。このあたりは江戸時代まで萩藩領でしたので、往還が通っています。波止場も作られ、廻船業も盛んだったようです。集落が斜面に築かれているため、階段が密集している地域です。