
石見国の最西端、日本海の荒波に揉まれた奇岩が聳える漁村集落。古い路地から空を見やれば、目に飛び込んできたのは戸袋に描かれたたくさんの鏝絵。
津和野藩の要港を歩く。
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たしかこの日は昼過ぎまで自宅で仕事があって、夕方から「日帰り…それもあんまり遅くならずに帰れる範囲でできるだけ遠くにドライブでも行こうか」みたいなことを考えながら家を出た気がする。
そういうときに目指すのはだいたい大分県あたりの温泉が多い気がするので、(下関スタートで)逆方向へ向かってみることに。

15時ぐらいに家を出て車を走らせながら、お昼ご飯をとってなかったことに気付く。
どこかで腹ごしらえしていこうかと、なんとなく飛び込んでみたのは美祢市伊佐の「菊美食堂」。
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注文を済ませて待つ間、スマホをポチポチしつつどこへ行こうか思案する。行ってみたいところは無数にあるが、規模の大きいまちだとウロウロし過ぎちゃいそうで体力的にあまり自信がない。
翌日も朝から仕事だしね…
どこか小さな集落にしよう。

そんなことを考えていると料理が運ばれてきた。
おばあちゃんの作る親子丼は、家で作ったみたいな安心する優しい味だった。550円也。

結局はっきりと行き先が決まらないまま店をあとにする。
まぁ走ってるうちになんか思いつくだろうの精神。
……何も思いつかないまま山口県を脱出してしまった。
道中もグーグルマップのピン立ててるとこいっぱいあったんだけど、「このへんはあの集落行くときにでもセットで回ろう」とかケチくさいコト考えてたらいつもまにか島根県にいた。
とりあえずここらで折り返すことにしないと帰りが遅くなりそうだと思い、北上(というか東進)する国道191号でハンドルを左に切る。

Uターンできそうな場所を探すつもりが、ナビを見るとそのまま進めばぐるっと抜けて戻ってこれそうなので気にせず進む。
ふと視線を横にやれば、「ん…?あの建物知ってる…」

旧飯浦小学校。(残念ながら昨年取り壊しに…)
ここは益田市の飯浦(いいのうら)町。
Twitterかなんかで見て、以前から来たいと思ってた集落にたまたま迷い込んでいた。
ここだったのか…。ピン立てて無かったわね。
港の方に車を留めて歩いてみよう。

いかにも漁村の町並み。平入の民家が軒を連ねる。
ちなみに序文には奇岩がうんたらと書いたが、そのあたりは道路工事のため通行止めであった…

ふと見上げれば、白漆喰の戸袋に屋号(?)を記した鏝絵。


中二階、厨子二階の古い家屋に混じって新しい家屋も多く見られる。
昭和58年の豪雨によりいくつかの建物は建て直されたようである。


ここにも鏝絵。家紋と鶴亀かな。

袖壁や木製の窓枠、アールの付いた塀やブロック使いなどセンスが光る。

あまり高低差のない平坦な土地に集落は築かれているが、階段も少々見られた。

集落内を流れる水路。

紋が2枚。五枚笹と井桁に唐花?

衣料品店(たばこ屋?)の前ではご婦人方が話に花を咲かせていた。
愛すべき日常。


集落の規模の割にまだまだたくさんある鏝絵。近隣に得意な左官屋さんがいたのかもしれない。

集落内には飲食店や宿などはなく、商業といえば先程の衣料品店と郵便局が見られるのみ。

「磯」の建物の向かいに階段。昇っていこう。

うん…?とまれ……?

踏切……?

そう、ここ飯浦八幡宮は境内に線路が走っており、踏切を渡って拝殿へと至る。
そういった神社にもいくつか訪れたことがあるが、なかなかワクワクするものである。

渡った。

拝殿と社務所。

高台から見下ろす集落。

こちらのお宅は建て替えられているが、立派な蔵は健在であった。

駅近くのお宅にも鏝絵。

水路に降りる階段。
階段 / 水路 / 階段 / 水路
リズミカルな。

駅前、褪せた琺瑯看板。

壁の落書き。
「さかな」

そのまま水路脇を進むと山側へ至るトンネルが。
幅員減少の標識はもうちょい手前で出したほうが良いと思う。

トンネルを抜けた先にもいくつか民家が見られた。
さて、今回はここまで。

それでは。