おなかがよわいお坊さんはあわてない

おなかを壊しやすい僧職系男子、まち歩きのススメ。

防府市 : 富海の町並み

かつて市が開かれ、半宿のまちとして賑わった漁村集落に残る往時の面影。

商人や維新志士からの信頼も篤かったという「瀬戸内の飛脚船」の問屋が軒を連ねた通りを訪ねた。

前回の記事

長沢ガーデンでうどんモーニングをシバいた後、結局行き先を決めかねていたのだが、なんとなく「海でも見るか…」という気分になって向かったのは防府市の富海(とのみ)集落。

海沿いに車を留めて、しばし海を見ながらぼーっとする。

今日も暑いな…。

 

ぼくは釣りをしないのであまり詳しくないのだが、このあたりは釣り人たちの人気のスポットらしい。

ちなみに地名の由来は「波の高い外の海」が「外の海(とのみ)」に転じた、とある。今川了俊「道ゆきふり」(建徳2年)

 

 

駅前にやってきた。

駅舎はレトロな佇まい。

 

駅前食堂は既に営業していない模様。

 

市が開かれたあたりも気になるが、山側に民家が見えたのでまずはそちらに行ってみよう。

車は通れないが遮断器があるので第1種踏切だ。

 

踏切横には山からの水が流れる水路。

 

夏の匂い、湿り気を帯びた海からの風…

線路側からは車でアクセスはできないが、山側からは軽自動車であれば乗り入れできるようであった。

 

海側へ戻ります。

 

なんとなく水路を辿っていくと、花崗岩で渡された橋桁を発見。

 

このへんは水が綺麗だなぁ。

 

市が開かれたあたりにやってきた。

通りの角に可愛らしい理容店跡。

 

踏切横の理容室…イイ!


くすんだピンク色の外壁にキリ看がアクセント。

 

裏側へ回ると縦マルフクもあった。

 

中市のメイン通り。少しづつ古民家が現れ始める。

 

本陣跡。

隣の福川宿や宮市宿が混み合う際はこちらを利用していたようである。

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ん…?

 

ヒエッ…

 

木製の引き戸が残る薬局。

 

ひときわ大きく、むくり屋根と出格子を持つ清水家住宅は国の登録有形文化財

 

明治期に入ってからの建物(明治11年)であるため宿場町だった頃はなかったはずであるが、本陣・脇本陣にも引けを取らない佇まいで景観に馴染む。

 

ところでこの集落へは10年ぶりぐらいに訪れたのだが、酒造場や古い家屋などはいくつか失われてしまっているようであった。その頃はカメラ趣味もあんまりなかったので写真が残っていない。残念だ。

 

しかしまち歩きを始めてからというもの、どこへ行くにもカメラを待ち出すようになったため、失われつつある古い町並みをアーカイブとして保存していくのが緩いライフワークになりつつある。

こうやって記録に残すことで、いつかの誰かの記憶を呼び起こすきっかけになるといいな。

 

さて、先程のメイン通りに並行して海側へ伸びる路地は、船倉通りといい、かつて海に面していた。

その名の指す通り船倉が軒を連ねたのだが、この集落では単なる廻船問屋ではなく、「飛船(とびふね)」と呼ばれる小型の高速船があった。

 

現在に至るまで飛船の写真や絵馬、図面などは見つかっておらず、鮮明な姿は判明していないが、残された資料等によると2反帆・8石積・2人乗りで、幕末にかけて、次第に大型化していったそうだ。この地から上方までおよそ4〜5日で到着したという。

主に大坂の商人に利用され、時には藩の御用船として借り上げられ、急な依頼にも応じたことなどから、幕末には特に志士らに頼りにされたという。吉田松陰高杉晋作品川弥二郎も利用したそうな。

 

船倉が見えてきた。

 

道幅が狭いため引きで撮れないが、こちらは大和屋政助の船倉(大和屋は屋号で、本名は前述の清水家の当主であった清水与兵衛)。

 

この2階では攘夷の機運を盛り上げるために討幕を掲げ幕府方に追われた公家の中山忠光(明治天皇の叔父)を半月ほど匿って世話をしたという。

 

こちらの煉瓦蔵は荷受倉庫だったようである。

 

隣の石段は家屋部から船倉に降りるためのものだろう。

最盛期の富海では68隻もの飛船を抱えていたという。

 

今立っているところはかつて海だった。

 

向かいには商店の跡。

「飲みましよう コカ・コーラ」

 

船倉そのものはが無くなってしまっているものも多いが、高く積まれた石組みは残ったまま。

 

あー、この並びいいな。

いつまでも眺めていられる…

 

船倉通りの端には山陽本線が架橋される。

 

ちょうど電車が通ったよ。

 

船倉部分をガレージに転用。

しかし道幅が狭いので大きいクルマは難しそうね。

 

これは素晴らしい。それぞれの素材感の良さ、くすんだトーン。

たまらんね。

 

さて、この時点でまだ午前10時前…この後どうしよっかな…

 

線路下をくぐって車へと戻る。

さて、今回はここまで。

 

それでは。

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