
ぼくが知っている「あの頃」のまちは、いま…
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引き続き歩いていく。




あの頃と変わらない町並みに懐かしさを覚えるが、当時の自分が何を考えていたのか思い出せない。





所詮ぼくは上京してきた余所者で、期限付きの仮住まいだったからか、東京に帰るべき「家」があるという感じはなんだか想像がつかないな。不思議な感覚。

全国に数多ある「〇〇銀座」の元祖。

東西に長く伸びる商店街は東京で最も長く、そのまま荏原中延や武蔵小山の商店街に繋がるので、延々と店が軒を連ねているように感じる。考え事をしながらぼーっと歩いているとどこまでも進んでしまって、2駅分ぐらい軽く歩くので帰るのが大変だ。
モータリゼーションによってほぼシャッター街と化した田舎の商店街と違って活気がある。やはり東京というまちは凄い。

しかし東京で骨を埋めるまで暮らしたいかと聞かれると答えに窮してしまうのが正直なところ。
上京してきた当時は、「田舎なんてクソ喰らえ!シティボーイ(古)になってやる!」と息巻いていた腹よわ青年も、今となっては偶に訪れて味わった都会の喧騒の煩わしさに辟易してしまうところがある。

どちらが優れているとかそういうことではない。今では田舎暮らしの不便なところも十分に感じているし、都会で受ける刺激は常に新鮮で田舎では得難いものだ。

まぁ学生の時分は莫大なお金があればアーバンな生活が出来てハッピー!とか考えていたのだと思うが、きっとそういうことではなく、お金がなくともそれなりに楽しめるすべを知ってなお、やはり自分にとっての「ふるさと」がここではない、というだけであろう。

今も変わらず賑わっていたがすっかり綺麗に様変わりしていた商店街。
しばらく歩いてみて、「ああ、もうぼくの知っている場所ではないんだな」と寂しくなり、踵を返した。

しかし暑いな。ドクペを投入。

高層ビルを背景に立つ様子はどこか場違いのようで、まるでもうこのまちの住人ではないぼくのようだった。

音楽と洋服と女の子とお酒、そんなバカみたいな学生生活を過ごした。あの頃のぼくは何も成さなかった。今のぼくは何かを成すことができたのだろうか?


そろそろ帰ろう。

久しぶりに乗ったが、けっこう高い位置を運行するので高所恐怖症のぼくは毎回結構
ビビっている。
車窓の外を眺め、「関東平野って本当に山がないよなぁ」なんて当たり前のことをぼんやり考えていた。


たまにはこういうのもいいでしょう。

あ…妻にお土産買ってくるの忘れたわね…。
2022夏 東京旅行記、これにておしまい。

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