おなかがよわいお坊さんはあわてない

おなかを壊しやすい僧職系男子、まち歩きのススメ。

萩市 : 城下町の町並み(2)

f:id:nori7770:20220330225456j:plain

萩城下町の町人地区。御成道沿いに栄えた商家の建築と、横丁に残る風情…。

当時の面影を色濃く残す、維新志士たちが目にした風景と、藍場が設けられた水路のある町並みを歩く。

前回の記事

 

前回の続きから、町人地区を歩いていく。

御成道沿い、旧久保田家住宅に向かい合って伸びる三本の横丁は、藩の豪商であった商家が並んでいたため、それぞれの屋号がつけられる。

f:id:nori7770:20220328233234j:plain

菊屋家住宅の方に曲がれば菊屋横丁

 

f:id:nori7770:20220328233617j:plain

f:id:nori7770:20220328233641j:plain

延々と続くなまこ壁。いかに大きな屋敷か分かるだろう。

 

f:id:nori7770:20220328233706j:plain

f:id:nori7770:20220328233806j:plain

藩の御用達であった菊屋家の向かいには、高杉晋作出生の地が。

 

f:id:nori7770:20220330192935j:plain

菊屋横丁に並行して伸びるのは伊勢屋横丁

 

f:id:nori7770:20220330193003j:plain

伊勢屋は呉服商であったため、「絹機屋町」とも呼ばれていたようである。

この生け垣や土塀も昔のままの姿なのだ。

 

f:id:nori7770:20220330193301j:plain

あまり大きくリノベーションしていないまま、大切に残されている建物が多いのが嬉しい。

 

f:id:nori7770:20220330193444j:plain

更にもう一本並行して伸びるのは江戸屋横丁。黒板塀のシックな色合い。

 

f:id:nori7770:20220330193531j:plain

f:id:nori7770:20220330193711j:plain

ここには木戸孝允の旧宅や、高杉晋作伊藤博文らが学んだ円政寺などが並ぶ。

 

 

さて、次は町人地区から少し離れ、前回載せた平安橋の先、平安古(ひやこ)地区に移動。

f:id:nori7770:20220330222147j:plain

f:id:nori7770:20220330222211j:plain

いい感じの商店。③。

 

f:id:nori7770:20220330222710j:plain

f:id:nori7770:20220330223140j:plain

こちらは第26代内閣総理大臣をつとめた田中義一の別邸。

敷地内には「かんきつ公園」があり、夏みかんなどの柑橘類約10種類約380本の植えられている。ちなみに夏みかん山口県県花です。県道のガードレールの話は以前、下記の記事でしましたね。

 

関連記事

f:id:nori7770:20220330223510j:plain

土塀の内側から覗く夏みかん。これぞ萩の春の風景(夏みかんの旬は春です)。

 

f:id:nori7770:20220330224203j:plain

f:id:nori7770:20220330225456j:plain

鍵曲のある路地。

前回紹介した堀内地区のみならず、平安古にも残っている。

 

f:id:nori7770:20220330230019j:plain

f:id:nori7770:20220330230101j:plain

平安古地区のこの土塀の町並みもまた、重伝建に登録されている。

 

 

さて、また少し移動。藍場川の流れる川島地区へ。

f:id:nori7770:20220330232603j:plain

この藍場川は平安古に通じる。かつては農業用の水路であったが、延享元年に開削して、川上から川船を通して薪炭などを運ぶのに用いられた。

 

f:id:nori7770:20220330233220j:plain

現在でもこのようなハトバと呼ばれる洗い場が多く見られる。

 

f:id:nori7770:20220330233315j:plain

流石に堀内や平安古に比べ新し目の宅地化が進んでいるが、市の歴史的景観保存地区に指定されているため、武家屋敷などが未だ残る。

 

f:id:nori7770:20220330233701j:plain

やはり土塀と夏みかんの景色は良い。

 

f:id:nori7770:20220330234143j:plain

川船を渡すため高く持ち上げられた石橋も、当時のまま残っているものがいくつもある。

 

f:id:nori7770:20220330234412j:plain

f:id:nori7770:20220330234436j:plain

大きな屋敷などは庭に水を引き込んで、専用の洗い場を設けているものもあるが、こういった共同の洗い場も見られる。

 

f:id:nori7770:20220330235736j:plain

この木の台は何の用途なんだろう?

石橋はよく見ると刎橋ですね。つくづく萩藩の土木建築技術の高さに感心させられる。

 

f:id:nori7770:20220331000012j:plain

f:id:nori7770:20220331000049j:plain

川には鯉が放流されている。

 

f:id:nori7770:20220331000642j:plain

こちらは戊辰戦争で参謀として活躍した桂太郎の旧宅。

 

f:id:nori7770:20220331001149j:plain

明治維新後は陸軍に入り、明治31年陸軍大臣に。明治33年には現在の拓殖大学を創設、明治34年以来、3度にわたって内閣総理大臣を務めた。

 

f:id:nori7770:20220331000923j:plain

f:id:nori7770:20220331001045j:plain

庭園内には専用のハトバ。

 

f:id:nori7770:20220331001425j:plain

なんと美しい光景か。

 

f:id:nori7770:20220331001511j:plain

旧湯川家屋敷。ここはぜひとも見たいと思っていたのだが、この時はコロナ禍のため休館…

 

f:id:nori7770:20220331002610j:plain

f:id:nori7770:20220331001825j:plain

石橋を渡って長屋門へ。左側の水路の引き込みは台所の洗い場になっており、回廊から石段を伝って水辺に降りる内部の美しさと言ったら…見ることが叶わなかったのが残念だが、必ず再訪したい。

 

f:id:nori7770:20220331002102j:plain

手前側の張り出しの中は風呂場になっており、お湯の温度を調整するだけでなく、洗濯もできる様になっている。これも見たかった…

 

やっぱり水路のあるまちっていいな。

f:id:nori7770:20220331002301j:plain

 

 

さて、今回はここまで。

f:id:nori7770:20220331002456j:plain

それでは。

関連記事